【人生の省エネ論】サスティーンを響かせるために、私は「雑音」をミュートする。
電気の「漏電」と「ショート」の違いが分からない? なら「硫酸の配管」で想像してみてください。
ギターを始めたばかりの私にはまだ音の違いがそこまでわからないが、例えば数十年前のビンテージ・レスポールやストラト。なぜ車が買えるほどの値段で取引されるのか?
単に「古いから」ではない。何人ものプレイヤーの手によって、何十年も「弾き込まれて」きたから。 木材が乾燥し、塗装が馴染み、ネックや弦高が適切に調整され続けることで、軽く弾いただけでボディ全体が震えるような「枯れたトーン(乾いた良い音)」が生まれるのだそうな。
これ、私が専門とする建物のエネマネ(エネルギーマネジメント)と同じ構図だ。
世の中は「新築至上主義」。最新の省エネ機器が入ったピカピカのビルが最高だと思われている。でも、竣工したばかりの建物は買ってきたばかりの新品ギターと同じで、まだ音が「硬い」。最新の設備が入っていても、その設定(チューニング)が、実際の使われ方や気候に合っていなくて、意外と無駄なエネルギーを食っていたりする。
エネマネとはそうした、建物を「弾き込む」作業である。
中央監視装置やBEMS(ベムス:Building Energy Management System)のデータという楽譜を読み解きながら、「この季節は空調の立ち上がりを30分遅らせても大丈夫だな」「ここの空調、少し効きすぎているから温度設定を緩めよう(弦高を下げよう)」と、微調整が繰り返される。
これを何年も続けることで、設備が建物と一体化して馴染み、無駄な力(エネルギー)を使わずに最高の快適性(いい音)を奏でられるようになっていく。
もちろん、いくら調整しても物理的にパーツが消耗していては良い音は出ない。ギターならフレットの打ち直しや、ピックアップの交換が必要になる時期が必ず来る。
建物も同じ。日々のチューニング(運用改善)に加え、「計画的な設備更新(パーツ交換)」があってこそ、ビンテージとしての価値が保たれる。「壊れたから直す」のではなく、最高のパフォーマンスを維持するために、予算を組んで計画的に新しいパーツに入れ替えていく。
この「運用」と「更新」の両輪が回って初めて、建物は「ガラクタ(老朽化)」ではなく「ビンテージ(資産)」になれる。
私の仕事は、その分岐点で適切なチューニングと将来を見据えた更新計画を提案すること。
そしてこれは、私たち人間の生き方にも言えるかもしれない。
若さ(新品)だけが価値じゃない。様々な経験(時には修羅場)を経て、無駄な力みが抜けてきた今の年齢だからこそ出せる「味のある音」があるはず。もちろん人間も、ガタが来たら病院でメンテナンス(パーツケア)が必要だ。
自分の人生という楽器も、手入れを怠らず、いいビンテージに育てていきたいものだ。