【私が建物の”調律師”になるまで②】幽霊テナントと、思考停止の夜。私はただの「操り人形」だった。
【私が建物の”調律師”になるまで①】設計図の「その後」を知りたくて飛び込んだ場所は、めまいがするほどの「歪んだ空間」だった。
初めて行く海外旅行の荷造りを想像してみてほしい。
「もしかしたら、記録的な寒波が来るかもしれない」「もしかしたら、素敵なパーティーに呼ばれるかもしれない」「もしかしたら、お腹を壊すかもしれない」
見知らぬ土地への不安から、あれもこれもと詰め込み「もしも(安全率)」を積み上げた結果、巨大なスーツケース2個がパンパンになる。でも実際に行ってみたら、ドレスなんて一度も着なかったし、現地ではずっとTシャツで過ごせた……
新築の設備設計というのは、この「初めての海外旅行」に似ている。
建物の使い方は、実際に人が入ってみないと完全にはわからない。だから設計者は、「数十年に一度の猛暑が来ても大丈夫なように」「全ての部屋で同時に最大で使っても大丈夫なように」と、安全率を見込んで機器を選定する。結果として、どうしても設備容量は大きめ(オーバースペック)になりがち。これは新築の宿命。
しかし、設備の更新(改修)時期が来たら話は別。 言わば「2回目の海外旅行」のようなものだから。
ここで最強の武器になるのが「過去の運用データ(中央監視装置やBEMSの記録)」だ。
最低でも1年分、できれば数年分のデータを見れば、その建物が実際にどれだけの熱や電気を使っていたかという「事実」が丸見えになる。分析してみると、「設計時は100必要だと思っていたけど、実際は真夏でも70しか使っていなかった」ということもある。
ここで前回と同じ100の大きさの新しい機械を入れるのは、ただの思考停止。 実績に合わせて70や80のサイズに「ダウンサイズ」する。これがプロの仕事。
「小さいと不安?」
いえいえ、逆なの。冷凍機やボイラーなどの熱源機器は、「定格の80〜90%」くらいの負荷で運転している時が、一番効率よく(省エネで)、機嫌よく動くように作られているものもある。 必要以上に巨大な機械を入れて、能力の10%くらいでダラダラ運転させるのは、F1カーで渋滞を走るようなもの。燃費も悪いし、機械も傷む。
だから私は、まずデータをグラフ化して「次の旅行は機内持ち込みサイズの鞄で行ける。その方が動きやすいし、旅費(ランニングコスト)も安くなる。」と提案する。
……とまあ、仕事では偉そうに「適正サイズへのダウンサイジング」を説いている私だが。
自分の人生を振り返ると、鞄の中はいつも「心配事」でパンパン。起きるかどうかわからない未来のトラブルへの備え(過剰な安全率)を背負い込みすぎて、常に重量オーバーだったか。
建物の贅肉はデータで削ぎ落とせても、自分の性格のオーバースペックはなかなか改修できない。まずは自分の人生こそ、データを直視して「ダウンサイズ」が必要なのかも。