【私が建物の”調律師”になるまで②】幽霊テナントと、思考停止の夜。私はただの「操り人形」だった。
【私が建物の”調律師”になるまで①】設計図の「その後」を知りたくて飛び込んだ場所は、めまいがするほどの「歪んだ空間」だった。
本日の業務(家事)中、重大なインシデントが発生した。 洗濯終了のアラームと共に蓋を開けた瞬間、私の視界は真っ白に染まった。「ホワイトアウト」である。
槽内には、まるで雪山のように降り積もった白い物体。またやってしまった。ヒューマンエラーによる、ポケットの中身確認漏れ。その正体は、父が愛してやまない「あの資材」だった。
我が家のレガシーシステム(父)には、奇妙なバックグラウンド処理が常駐している。それは「ティッシュの折りたたみと積層」という業務だ。
彼は毎日、箱入りのティッシュを1枚ずつ引き抜き、数枚まとめて丁寧に折り、幾何学的な美しさで積み上げていく。1日1箱というノルマを自らに課す、勤勉な「折りたたみ職人」だ。鼻をかむためではない。ただ「畳んで積む」というプロセス自体が、彼の脳内CPUを冷却し、システムを安定させるために必要なのだ。
今回、洗濯槽で爆発したのは、父がズボンのポケットに隠し持っていた「成果物」の一部だった。 なぜ彼は、外出時にもこれを持ち歩くのか?
解析の結果、これは単なる紙ではなく、「精神安定緩衝材(メンタル・バッファ)」であると判明した。外界の刺激(不安・ストレス)から、自分の脆弱なコアを守るためのパッキング材。「これ(ティッシュの束)がないと落ち着かない」という、彼なりのセキュリティ対策なのだ。
精密機器を輸送するときにプチプチ(気泡緩衝材)が必要なように、父というヴィンテージ機材を運用するには、この大量のティッシュが必要不可欠な仕様らしい。
柔軟剤を投入し、すすぎモードを回しながら、私はふと、先任の現場管理者である母のことを思った。
私は今日の一回で「やっちまった」と頭を抱えているが、母は何十年もの間、この「職人」と向き合い、大量の「緩衝材在庫」を管理し、幾度となくこのホワイトアウトと戦ってきたのだ。文句も言わず(いや、言っていたかもしれないが)、この厄介な製造ラインを維持し続けてきた母。
洗濯機の中で回る白い残骸を見つめながら、私は母という「ベテラン現場監督」の凄まじい忍耐力と、処理能力に改めて敬礼した。
とりあえず、今回の事故による精神的ダメージ(私の)は、柔軟剤の香りで中和することにする。父の「緩衝材製造」を止めることはできない(仕様だから)。 ならば、管理者である私が、出荷前検査(ポケットチェック)の精度を上げるしかないのだ。
「資産(父)」を守るための「緩衝材(ティッシュ)」。 その管理コストも含めて、このレガシーシステムの維持費なのだと割り切ることにしよう。