【私が建物の”調律師”になるまで②】幽霊テナントと、思考停止の夜。私はただの「操り人形」だった。
【私が建物の”調律師”になるまで①】設計図の「その後」を知りたくて飛び込んだ場所は、めまいがするほどの「歪んだ空間」だった。
東京で仕事をしていた頃、毎朝ラジオから流れてくる交通情報に、私はいつも首をかしげていた。
「国道246号線、〇〇付近で渋滞〇キロです」
雨の日も、晴れの日も、毎日同じ場所で、同じように詰まる。普通の人間なら「うわ、避けよう」と思うだろう。でも、私は「設備の変態」だ。気になって仕方がない。
その構造的欠陥を自分の目で確かめたくて、私はある日、わざわざレンタカーを借りて、その渋滞のど真ん中に突っ込んでみた。同僚には「信じられない」と呆れられたが、私にとっては最高の現地調査だった。
ハンドルを握りながら、私は確信した。「ああ、これは設計の悪いダクト(配管)と一緒だ」と。
車を「流体(水や空気)」として見てほしい。スムーズな道路は、抵抗のない綺麗な配管だ。だが、246のあの場所は違う。
車線減少:
これは配管がいきなり細くなる急縮小だ。流速が乱れ、圧力がかかる。
合流地点:
これはメインのダクトに、無理やり枝ダクトをドン付けで繋いだようなもの。乱流が起きて、流れが止まる。
信号のタイミング:
これは制御弁(バルブ)の開閉設定ミスだ。流量に対して、開いている時間が短すぎる。
つまり、事故が起きているわけではない。「構造(ハード)」と「流量(負荷)」のバランスが崩壊しているから、必然的に詰まっているのだ。
これを音楽で例えるなら、「最悪のアレンジ(編曲)」だ。
ドラム(信号)がリズムをキープできず、モタったり走ったりしている。そこに、ベース(車線)がいきなり拍子を変えてくる。 ギター(合流車)が空気を読まずにソロを弾き始める。結果、バンド全体(交通)がグダグダになり、曲が止まる。
「エアコンが効かない」「電気代が高い」。 それは、単なる故障じゃないかもしれない。 配管のサイズが合っていないのか、ポンプのリズム(制御)が悪いのか、無理な合流(増設)を繰り返したせいか。
多くの設備屋は、「渋滞してますね」と言って修理(対症療法)をするだけだ。でも私は違う。わざわざその「渋滞」の中に潜り込み、どこでリズムが崩れているのか、その「元凶」を突き止める。
私が必ず手を突っ込む場所がある。それは、BEMS(ビルエネルギー管理システム)や中央監視装置に残された「過去データ」の山だ。
これは、渋滞で言えば「全車両のドライブレコーダーの記録」を解析するようなもの。音楽で言えば、完成したCDを聴くだけでなく、レコーディング時の「パラデータ(各楽器ごとの独立した音源)」を波形レベルで検証する作業だ。
「一見問題ないように見えるが、実は深夜2時に無駄なポンプが回っていないか?」「設定温度と実測値の間に、不自然なラグ(遅延)がないか?」
数字は嘘をつかない。 過去の膨大なログを読み解けば、いつ、どこで、どのバルブが呼吸を止めたせいで全体の循環が悪くなったのか、その「犯行現場」が必ず浮かび上がってくる。
そうやって、絡まった糸を一本一本論理的に解きほぐす。不必要な抵抗を取り除き、無理な設定を解除してやる。そうすることで初めて、建物は設計図に描かれていたはずの「本来の美しい流れ」を取り戻すことができるのだ。
私は、流れの悪い配管や、グルーヴのないデータを見ると、身体がムズムズする。それを整えて、美しい旋律(省エネと快適性)に変えたくて仕方がない。
もし、あなたの建物が「毎日なんとなく調子が悪い(渋滞している)」なら、私を呼んでほしい。データという楽譜を読み解き、その「駄曲」を、スムーズで心地よい「名曲」にリミックスしてみせるから。