建築設備エネルギーラボ合同会社

人生には「ゴム隔膜」が必要だ。──開放タンクだった私が、密閉式にリノベーションするまで

設備屋の仕事をしていると、建物も人間も、結局は「物理法則」からは逃れられないな、と思うことがある。

ボイラーや空調配管には欠かせない「膨張タンク」。地味な機器だが、これがないとシステムは破裂する。そしてこれは、私の人生の話でもある。

1.膨張する「水」と、破裂する「配管」

水は、温められると体積が増える。密閉された配管の中で逃げ場を失った水は、凄まじい圧力で内側から配管を突き破ろうとする。その「増えすぎた体積」を一時的に引き受け、圧力を逃がしてやるのが「膨張タンク」の役割である。

振り返れば、私の人生はずっと、誰かのための膨張タンクだったかもしれない。

高校時代、好きでもないLAメタルのコピーバンドでビートを刻んだこともそうだが、メンバーから毎晩のようにかかってくる長電話。私はドラムとしてリズムを支えるだけでなく、彼女の行き場のない感情をひたすら受け止める「逃し弁」の役割を担っていた。 大人になってからもそうだ。そう、長年の家族の介護。

私は常に、他人が発する「熱」によって膨れ上がった圧力を、黙って吸収する係だった。システム(バンドや家庭)を破裂させないために。

2.なぜ私は「錆び」ついたのか──開放タンクの致命的欠陥

設備屋として、過去の自分を設計図に落とし込んだとき、ある致命的な設計ミスに気づく。私は膨張タンクとしての役割を果たしていたが、その仕様は「開放型(開放シスターン)」だったのだ。

開放タンクとは、その名の通り、水面が空気に開放している(さらされている)タイプのこと。構造は単純だが、大きな欠点がある。「酸素腐食」だ。

水が空気に直接触れることで、酸素が溶け込み、その水が配管内を巡って、鉄をボロボロに錆びさせてしまう。いわゆる「赤水」の原因。

私もそうだった。「家族だから」「友達だから」という理由で、私は相手という「水」と、私という「空気」の間に境界線を引かなかった。相手の感情やトラブルが、私の領域に直接流れ込み、混ざり合い、私の心(配管)を内側から腐食させていった。 どんなに頑丈な配管でも酸素混じりの水が流れ続ければ、いつか穴が開く。

3.「密閉式」への改修工事

だから私は、人生の「第二幕」に向けて、自分を「密閉式膨張タンク」に改修することにした。

現在の主流である密閉式タンクの中には、「ゴム隔膜(ダイヤフラム)」という頑丈な膜が入っている。水(他人の圧力)はタンク内に入ってくるが、ゴム隔膜が壁となり、空気室(私の心)とは絶対に混ざり合わない。圧力だけはクッションとして受け止めるけれど、水そのものは一滴たりともこちらの領域には入れない。

これこそが、私が手に入れた「境界線」だ。

仕事として、理不尽な要求(圧力)は処理する。でも、感情は乱されない。

家族として、やるべきことはやる。でも、依存にはしない。

ゴム一枚の膜があるだけで、配管はもう錆びない。システムを維持しながら、自分自身も守る。これが、プロの設備屋が辿り着いた「最適解」。

4.ボイラーになる日

長く続いた「圧力吸収」だけの役回りは、もうおしまい。 仕様変更は完了した。腐食の原因も断った。

これからは、誰かの熱を受け止めるだけでなく、私自身が熱源(ボイラー)となって、好きな温度で沸き立つような人生を送ろうと思う。もちろん、安全弁の点検だけは忘れずに。

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