2026年2月2日
母の施設に行くと、「今日来ると思ってた」と言われることがある。 予知能力? いや、違う。これは、ライブ中に機材トラブルが起きたギタリストが、袖にいるローディー(私)に目配せを送るのと同じシステムだ。
母の脳内GPS(見当識)はもうオフラインだから、自分が「どこ」というステージに立っているかは分かっていない。でも、「誰が」自分の音を直してくれるかは、強烈に覚えているらしい。
職員さんは、会場の警備や電源管理(生活全般)をしてくれるプロだ。でも、「モニターの音が少し大きい(服を着すぎて暑い)」とか、「シールドが絡まって動きにくい(なんとなく不安)」といった、プレイヤー本人にしか分からない微細な不快感が、彼らには伝わらないこともある。
そこで私の出番だ。週に2回、私は「娘」としてではなく、「このヴィンテージ機材(母)を知り尽くした専属テック」として現場入りする。
「暑い?一枚脱ごうか!」 EQ(イコライザー)を調整して、不要な帯域(熱)をカットする。 すると、母というスピーカーから出ていた「ジーッ」というノイズが消え、クリアな顔に戻る。
「来ると思ってた」という言葉は、「おいテック、音が回ってるぞ。早く直せ!」という、長年の相棒への信頼の合図なのだ。だから私は今日も、メンテナンスに向かう。決して監視役じゃない。いい音で鳴ってほしいだけの、職人のこだわりだ。