【私が建物の”調律師”になるまで②】幽霊テナントと、思考停止の夜。私はただの「操り人形」だった。
【私が建物の”調律師”になるまで①】設計図の「その後」を知りたくて飛び込んだ場所は、めまいがするほどの「歪んだ空間」だった。
昔、職場の若造に半笑いでこう言われたことがある。「Reikoさんって、意外とメンタル弱いっすよね」
私が仕事のトラブルや人間関係の摩擦で、彼には見えていないリスクに気づき、神経をすり減らしていた時のことだ。
またある時は、セミナーで隣になった男子が胸を張ってこう言い放った。「俺、メンタル強くなったんですよ! もう何言われても動じないっす!」
その時の彼の顔は、自信に満ちているというよりは、ただ能面のように感情が抜け落ちているように私には見えた。
私は彼らに、心の中でこう返した。「私は、『強い』とか『弱い』とか、そういう言葉は使わない」
なぜか。設備屋として、エンジニアとして、そして論理的整合性を何より重視する(多少の自閉傾向を持つ)私の脳みそにとって、その言葉はあまりにも定義が曖昧で、エラーを起こすからだ。
そもそも、日本語の「弱い」という言葉自体が、欠陥を抱えている。
海外の文献、特に心理学の分野では「Vulnerability(ヴァルネラビリティ)」という概念がある。これは「自分の不完全さを認め、他者に心を開く勇気」を指す、非常にポジティブで尊い言葉だ。人間としての深みや、しなやかさを表す重要な概念であるそうだ。
ところが、これが日本語に翻訳される際、たった二文字の「弱い」という言葉に変換されてしまうことがある。そこには「勇気」や「人間らしさ」といった高解像度な情報は抜け落ち、「劣っている」「ダメだ」「壊れやすい」というネガティブな意味だけが残る。
デジタルデータで言えば、美しい4K映像を、画質の悪いサムネイル画像に「不可逆圧縮」してしまったようなものだ。
私の脳は、この「劣化コピー」された言葉を受け付けない。「人間としての尊い弱さ(Vulnerability)」と、「ダメな状態(Weakness)」をごちゃ混ぜにして「弱い」と呼ぶ世間の運用ルールに対して、私の脳みそは常に「Syntax Error(文法エラー)」を吐き出し続けているのだ。
だから私は、そのバグだらけの言葉を使わない。代わりに、私の思考回路でこの現象を正しく再定義しよう。
すぐ傷つく、すぐ気にする、空気を読みすぎる。世間はこれを「弱い」と呼ぶが、とんでもない間違いだ。
それは単に、「入力ゲイン(感度)が高いセンサー」を積んでいるだけだ。他人の微細な感情の揺れ、場の空気の淀み、将来のリスク。鈍感な人間にはノイズにしか聞こえない微弱な信号を、高解像度でキャッチしてしまう。
精密機器の針が少しの振動で大きく振れるのを見て、「この機械は壊れやすい(弱い)」と言うだろうか? 「感度が良い」と言うはずだ。「弱い」と断じるヤツらは、自分の持っている測定器のスペックが低いことを棚に上げているに過ぎない。
では、泣かない、愚痴らない、何事にも動じない(ように見える)人は「強い」のか? 建築業界に身を置く私の視点で見れば、それは「素材としてのコンクリート(無筋コンクリート)」と同じ状態だ。ガラスと言ってもいい。
人々は「コンクリートは硬くて強い」と思っているだろう。確かに、上から押しつぶされる力(圧縮力)には滅法強い。だが、コンクリートという素材は、引っ張られる力や、曲げられる力には驚くほど弱く、粘りがない。
世間で言う「メンタルが強い人」は、この「鉄筋の入っていないコンクリート」だ。「俺は強い」と過信して、衝撃を吸収する鉄筋(しなやかさ)を入れず、ただ硬く固まっているだけ。
建築構造的に言えば、これは「脆性(ぜいせい)」が高い状態だ。限界ギリギリまでは「無傷」に見える。しかし、想定外の方向から力が加わったり(引張力)、限界点を1ミリでも超えたりした瞬間、予兆なく「バガッ!」と一気に割れる。
「俺、強くなった」と虚勢を張っていたあの男子は、単に心をコンクリートのように硬化させ、ヒビが入るその瞬間まで「俺は無敵だ」と錯覚しているに過ぎない。それは強さではなく、「崩壊へのカウントダウン」だ。
私が目指すのは、そんな危うい「強さ」ではない。「靭性(じんせい)」――すなわち、粘り強さだ。
衝撃(ストレス)が来たら、センサーで感知し、しっかり受け止めて(凹んで)、そのエネルギーを熱に変えて逃がし、元の形に戻る。この復元力こそが、システムを長く安定稼働させる鍵になる。
そのためには、精神論ではなく、物理的な「アース(接地)工事」が必要だ。
私にとってのアースは、このブログであり、音楽(今はギター)であり、対話だ。 体内に溜まった過剰な電圧を、安全な場所に逃がす。そうやってシステム全体を保護する。
もしあなたが誰かに「弱いね」と言われたら、傷つく必要はない。ただ冷静に、こう分析すればいい。
「ああ、この人のセンサーは解像度が低いんだな」と。
私は、高感度なセンサーを維持したまま、適切なアースをとって、しなやかにサバイブしていく。