【私が建物の”調律師”になるまで②】幽霊テナントと、思考停止の夜。私はただの「操り人形」だった。
【私が建物の”調律師”になるまで①】設計図の「その後」を知りたくて飛び込んだ場所は、めまいがするほどの「歪んだ空間」だった。
私が敬愛するOriginal Love・田島貴男の「ひとりソウルショウ」をご存知だろうか。
たった一人でステージに立ち、ギターをかき鳴らし、歌い、足でリズムを刻み、ルーパーを駆使して音を重ねていく。そこにはバンドという形態を超えた、個人の魂(ソウル)が炸裂する圧倒的なグルーヴがある。
私は今、建築設備業界でこれをやっている。名付けて「ひとり設備ショウ」。
なぜそんな大層な名前をつけたのか。それは、私の歩んできたキャリア——「設備設計」から「プロパティマネジメント」、そして「エネルギーマネジメント」へ——という道のりが、既存の業界の枠組みでは説明しきれないからだ。
私の仕事を伝えるために、音楽で翻訳してみる。
建築業界は、かつての音楽業界のように工程が完全に分業されている。「作曲家」は「ライブ」に関与しないし、「レーベル」は「譜面」を読まない。それが当たり前の世界だ。
しかし、私はその分断された工程を一人で横断してきた。
理想を言えば、エネルギーマネジメントとはリアルタイムのライブ・パフォーマンスであるべきだ。「今、暑いから冷房を強めよう」この場面におけるエネルギーの最適解を即興で対応できれば最高だ。しかし、現状はまだそこまで追いついていない。
では、私が何をしているか。 それは、「過去のライブ音源(データ)の徹底的な解析」だ。
規模の大きな建物では、1時間ごとの運転データという「ログ」が残る場合がある。 私は過去(1年から数年分)の膨大なデータを引っ張り出し、まるでライブの録音を聴き返すようにチェックする。
「去年の夏、この時間帯にお客さん(負荷)が増えて、空調が悲鳴を上げているな(音が割れているな)」「この季節、中間期なのに無駄に暖房が入ってリズムが崩れているな」
過ぎ去ったデータの中に、建物の癖や失敗、そしてポテンシャルが全て詰まっている。それを解析し、「じゃあ、次の夏はこう設定を変えよう」「明日の朝は、こういう立ち上げ方をしよう」 と、次のステージ(未来の運用)のセットリストを組み直す提案をするのだ。
即興演奏ではない。しかし、過去の膨大なライブデータを読み解き、次回の公演で最高のパフォーマンスを出させる。それは、熟練のエンジニアにしかできない仕事だと自負している。
多くの技術者は、このどれか一つしかやらない。「作曲家(設計)」は「ライブ(現場)」を知らないから、演奏不可能な譜面を書きがちだ。「レーベル(PM)」は現場の機微を知らないから、数字だけで無理な要求をしたりする。
でも、田島貴男を見てほしい。彼は自分で曲を書き、自分で歌い、録音し、レーベルを持ち、自分でリズムを作りその場の空気でグルーヴを変える。だからこそ、あの唯一無二の熱狂が生まれる。
私も、建築という巨大なハコを使って、それをやりたいのだ。
ライブ(運用)を知っているから、本当に良い音が鳴る譜面(設計)が書ける。
ビジネス(PM)を知っているから、オーナーが喜ぶセットリスト(省エネ提案)が組める。
実は私、かつて通信制の音大でポピュラー作曲を学んでいたことがある。しかし、途中で辞めてしまった。理由は、アレンジの課題が出た時、ふと気づいてしまったからだ。「ギターを弾けない人間が、想像だけでギターのパートを書くなんて、嘘じゃないか?」と。
DTMで「ギターっぽい音」を入力することはできる。でも、それは本物じゃない。私はその違和感に耐えられず、大学を辞めてエレキギターを習い始めた。「机上の理論」よりも、「指先のリアル」を選んだのだ。
私が「設備設計」という譜面描きの世界から、「エネルギーマネジメント」という運用の世界へ足を踏み入れたのも、全く同じ理由だ。
図面の上では完璧な空調システムも、実際の現場ではどう動いているのか? 設計者が想定していなかった使い方の変化に、建物はどう悲鳴を上げているのか?
それを知らずに図面を引き続けることは、弾けないギターの譜面を書くのと同じだと思った。だから私は、過去の膨大なデータを解析し、建物の「今の音」を聴く仕事を選んだ。
「弾けない音は書きたくない」「運用を知らないまま、設計したくない」
音楽も仕事も、私の行動原理は常にそこにある。
分業が当たり前の建築の世界で、設備の多くのパートを一人で演奏する私は、かなりの希少種だと思う。 理解者は少ないかもしれない。孤独を感じることもある。
それでも私は、誰にも見えない配管という弦を弾き、建物という巨大な楽器を一人で鳴らし続ける。それが私の「ひとり設備ショウ」だ。