【私が建物の”調律師”になるまで②】幽霊テナントと、思考停止の夜。私はただの「操り人形」だった。
【私が建物の”調律師”になるまで①】設計図の「その後」を知りたくて飛び込んだ場所は、めまいがするほどの「歪んだ空間」だった。
ことの発端は2年前だ。30年間、ただ「聴く」だけの受動的な存在に成り下がっていた音楽との関係を、再構築しようとした時のこと。通信制音大のポップス作曲コースでアレンジの課題(設備設計)に取り組んでいた私は、ある致命的な欠陥に気づいた。
「ピアノとドラムの選定はできる。だが、ギターの仕様が全く読めない。」
鍵盤と打楽器は、経験という標準ドライバで制御できる。しかし、ギターという機材だけは、私の脳内プラントにおいて完全な「ブラックボックス」だった。構造も、定格も、周波数特性もわからない機材を、設計図(スコア)に組み込むことなどできない。
私はすぐにエレキギターという「実機」を購入し、現場(ギター教室)へ出ることを決めた。机上の空論ではなく、実負荷運転でデータを取るためだ。
しかし、導入からの2年間は「故障」の連続だった。弾けない。聴こえない。指が動かないのではなく、私の筐体(身体)が常に「過緊張」という名の高周波ノイズを発していたからだ。
原因は、私の運用履歴にある。10年を超える親の介護という、終わりの見えない連続高負荷運転。そして、その重圧をシステムから切り離すべき「自他境界(絶縁体)」の未設置だ。
自身が高圧受電設備であることを知らず、本来なら遮断器(VCB)でカットすべき外部からの感情流入を、防護壁なしですべて受け止めていた。その結果、処理しきれないエネルギーが「迷走電流」となって内部で渦巻き、身体という配管を常に微振動させていたのだ。
この振動(力み)が、入力信号(音楽)をマスキングし、ギターの音を単なる「騒音の塊」に変えていたのだ。
転機は唐突に訪れた。
「脱力」
それは精神論ではなく、物理的な「防振ゴムの設置」だった。外部からの干渉を遮断し、自分自身の筐体をフローティング構造にすることで、ノイズフロアが一気に下がった。
S/N比(信号対雑音比)が劇的に改善されたクリアな回路で、Alter Bridgeのニューアルバムを何度も再生していたとき、私は戦慄した。
映像も見ていないのに、マイルズ・ケネディ(Vo/Gt)のソロから、マーク・トレモンティ(Gt)のソロへ切り替わる瞬間が、手に取るように分かったからだ。
それは「音色が変わった」なんて情緒的な話ではない。「出力特性の異なる2台の熱源」が、完璧な同期制御で運転を引き継いだ瞬間を検知したのだ。
【マイルズ・ケネディ:空冷ヒートポンプモジュールチラー(インバータ制御)】
マイルズのプレイは、高効率な空冷ヒートポンプモジュールチラーだ。楽曲の部分負荷に対し、モジュール制御とインバータ制御で微細に出力を合わせる。繊細な倍音は、空気を攪拌するファンのように軽やかだ。
【マーク・トレモンティ:ターボ冷凍機(直入れ始動)】
対してマークは、大容量のターボ冷凍機だ。彼に切り替わった瞬間、系統の電圧が降下するほどの突入電流を感じる。細かい負荷変動は無視し、圧倒的な定格出力でベースロードを一手に引き受ける。その重低音は、配管ではなく躯体を揺らす。
この2台が、ハンチング(制御の乱れ)一切なしに「バンプレス」で切り替わる様は、エネルギーマネジメントの視点から見ても、COP(成績係数)を最大化する理想的なシーケンス制御だ。
「ギターのアレンジができない」というバグを修正するために始めたプロジェクトだったが、私は今、演奏技術以上に重要な「検知能力」を手に入れたようだ。
脱力とは、ノイズを除去し、本来受信すべき信号をダイレクトに受け取るための「必須メンテナンス」だったのだ。大学を辞め、エレキギターを習った甲斐は、確かにあった。
音楽の波形も、ビルのエネルギー消費も、私にとっては同じ『波』。不要なノイズを取り除き、本来の美しい響き(高効率な運転)を取り戻す。それが私の仕事であり、趣味でもある。