建築設備エネルギーラボ合同会社

なぜ私は「ギター小僧」になれないのか?――音楽と言語のインバータ変換

【プロローグ:座標のズレ】

2026年、私はエレキギターを抱えている。だが、時折、ギターを愛してやまない「ギター小僧」たちの輪の中で、言いようのない気後れを感じることがある。彼らはギターという楽器そのものから音楽に入り、その振動に心酔する。

一方、私の音楽の入り口は、50年前のヤマハ幼児科という「原音直結」の環境だった。私にとっての違和感の正体を探っていくと、5歳の時の、ある「おかしな座標」にたどり着く。

【孤高のモニタースピーカー】

幼稚園の鼓笛隊パレード。花形の楽器「グロッケン」を希望した私に与えられたのは、ピアニカを持ち、太鼓隊のすぐ後ろに一人で立つという不可解な配置だった。

ピアニカ隊の旋律は遠く、目の前では太鼓が爆音を鳴らしている。私の役割は、その騒音(ノイズ)の中で遠くの旋律を正確に受信し、位相を合わせ、太鼓隊の背中へメロディーを送り続けること。大人たちはそれを「有能さ」と呼び、私はそれを「役割」と呼んだが、実態は違った。

それは、5歳児の脳に「高精度モニタースピーカー」と「信号中継器(ブリッジ)」を兼任させるという、狂気的なオーバーロードだったのだ。

【メタ認知という名の二重構造】

この時、私のシステムではメタ認知OSが強制起動した。私の中には、二人の自分がいた。全体の遅延を補正し、ノイズをフィルタリングしてシステムを維持する「監視役(管理者)」。 そして、本当はグロッケンを鳴らし、自分の音で世界を震わせたかった「表現者(アーティスト)」

以来、私は「監視役」を自分だと思い込んで生きてきた。設備設計、プロパティマネジメント、そして家族の介護。常に全体のバランスを読み、最適解を出す「裏方」が天職だと思っていた。だが、それは生き延びるために構築した防衛プログラムに過ぎなかったのだ。

【音楽と言語のインバータ変換】

今、私がギター小僧たちに気後れする理由も、ここにある。彼らは、100Vのコンセントに直接プラグを差し込むように、ギターという楽器から音楽を起動する。

対して私の脳内には、50年間熟成された「言語以前の音楽」という巨大な直流(DC)電源が蓄電されている。私にとってのギターは、その膨大な直流エネルギーを、世界と同期可能な音の「交流(AC)」へと叩き直すための、インバータ(電力変換装置)なのだ。

脳内の構造(直流)を、いかに歪みなく、高品位な旋律(交流)へ変換するか。問題はこの変換プロセスにある。脳内ではすでに完璧な音が鳴り響いているのに、それを物理的な身体を使ってギターで出力しようとすると、指の動きが追いつかない。

これは、インバータのスイッチング速度(キャリア周波数)の遅れが引き起こす、致命的なレイテンシ(遅延)だ。この「脳と身体のインピーダンス不一致」が、耐えがたいもどかしさを生む。

今、私が周囲の雑音も聞こえないほどギターに没頭しているのは、この変換ロスを物理的にねじ伏せ、脳内の直流をダイレクトに解き放つための、過酷なキャリブレーション(校正作業)の真っ最中だからなのだ。

【だから設備屋にも電気学】

ここまで読んで、「インバータって、空調のファンやポンプを回す、あの省エネ用のインバータ(VAV・VWV制御)じゃないの?」と思ったそこの貴方。

私が言っているのは、系統連系や直流送電に使われる、もっとゴツい電気屋の方のインバータの話だ。私のギターは、エネルギーを節約するためにあるのではない。脳内に溜め込んだ50年分の直流エネルギーを、一滴の漏れもなく「ロック」という交流へ変換し、絶縁破壊寸前のフルパワーで出力するためにある。

2026年、私はもう、誰かのためのモニタースピーカーではない。自前で稼いだ電力で、自らのインバータを回す。パトロン(設備屋)の私が、表現者(アーティスト)の私に、最高の舞台を用意する。

さあ、変換開始(インバート)だ。

ちなみに、設備屋が『インバート』と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、汚水桝の底にあるあの溝かもしれない。汚物を停滞させず、スムーズに次へと流しきるための、あの逆アーチ構造。

私のギターも同じだ。脳内に溜まった50年分の澱(オリ)を、インバート(変換)して一気に放出する。私の指先は今、魂の汚水を……いや、失敬。魂の旋律を一点の淀みもなく流し切るための、超高精度なインバート溝を今、必死に削り出している最中なのだ。

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