『Slave To Master』〜AI時代の熱源管理、誰がその「確からしさ」を調律するのか〜
建物は生きている、図面は死んでいる。~数千万円の設備を「撤去」する決断~
15年にわたる父の介護というレガシーシステムの運用フェーズが変わり、現在は両親を同じ大規模施設(外部サーバー)に移行している。私のシステム管理者としての直接的なタスクは激減したが、運用保守が終わったわけではない。昨日、施設という外部ネットワークにおいて、ちょっとしたセキュリティ・インシデント(同期エラー)が発生した。
私は、施設に一つだけ守ってほしい仕様要求(運用ポリシー)を出している。「父と母を意図的に会わせないで欲しい」という、ルーティング(通信)の遮断だ。
しかし、父が「お母さんのところへ行ってみようか?」と持ちかけられていたことが発覚した。
これは悪意ではない。世間一般の仕様に組み込まれている「夫婦なんだから、顔を合わせるのが良いことだ」という、初期設定(デフォルト)の善意プログラムが勝手に走っただけだ。
規模の大きな施設(分散システム)では、私が中央制御室(担当窓口)に設定した特殊なアクセス制御が、現場のノードの行動レベルまで完全に同期されるにはタイムラグがある。
私は淡々と中央制御室へ出向き、「通信エラーが発生している。改めてルーティング遮断の徹底を。」とパッチを再適用した。さらに家族にも、私の現在のシステム運用仕様を提示した。
なぜ私が、ここまで強固なファイアウォールを築いて父と母を物理的に切り離すのか。
表向きの、そして最大の理由は「母の解放」だ。
母は長年、強い自閉傾向(私の勝手な推測だが)を持つ父という重いプロセスを、結婚以来ずっと単独で処理し続けてきたが、ついにハードウェアの限界を迎えた。だからこそ、母のシステムを父から完全に切り離し、誰のタスクも処理しなくていい「スタンドアローン(オフライン)状態」で静かに休ませたかった。
だが、ふと気づくことがある。
母が限界を迎え、施設という外部サーバーへ移行したことで、15年間、母のシステムを補助するために走り続けていた私の「バックグラウンド処理(介護プロセス)」も、予想外の形で強制終了させられたのだ。私が終わらせたのか、母が終わらせてくれたのかはわからない。
ただ一つ言えるのは、「母を父の介護から解放したい」という強固な運用ポリシーの裏には、「私自身が、この15年のレガシーシステム運用(介護)から解放されたい」という、強烈なシステム要求(本音)が隠れていたということだ。
今、私は自分のためだけに使える膨大なCPUリソースを手にし、未体験の「凪(無負荷)」と、大好きなエレキギターを弾き倒す「うっひょ〜(フル回転)」の間で、どうやって自分だけの定格出力を見つければいいのか、激しいハンチング(乱調)を起こしながら、もがいている。
でも、このもがいている状態が、今はたまらなく面白い。ようやく私は、自分の人生というメインシステムに、電源を入れ直したのだから。