【私が建物の”調律師”になるまで②】幽霊テナントと、思考停止の夜。私はただの「操り人形」だった。
【私が建物の”調律師”になるまで①】設計図の「その後」を知りたくて飛び込んだ場所は、めまいがするほどの「歪んだ空間」だった。
「プロとしての交渉(あるいは拒絶)」ができなかった、若かりし頃のほろ苦い記憶。舞台は、ある建物の屋上。エアコンの室外機を設置するシーンでのこと。
雪国(あるいは積雪考慮が必要な地域)における屋上設置のセオリーは明確だ。建築工事でコンクリート基礎(ハト小屋等)を作る(防水の立ち上がりを確保するため高さ300mmは必要)。その上に架台を設置する(積雪対策)。
これが最も安全で、防水層も守られる方法。しかし、現場が進むと必ず出てくるのが「コストダウン(VE)」や「軽量化」という名の変更要望。
ある日、監理を行っていた意匠設計の担当者からこう言われた。「荷重を減らしたい(予算も厳しい)から、コンクリート基礎はやめて、防水の上にコンクリート二次製品を置いて、その上に室外機を置きたい」
技術的に見れば、これは推奨できない方法。
防水へのダメージ: 室外機の振動がブロック等を介して防水層に伝わり、将来的な漏水の原因になる。
耐震・耐風: アンカーが躯体に効かないため、台風や地震で転倒・移動するリスクがある。
頭では「良くない」とわかっていた。 でも、相手はプロジェクト全体を統括する意匠設計者。「予算がない」「荷重が」と言われると、若手の私は強く反論できなかった。
そして、決定的な一言を投げかけられた。「じゃあ、これで施工していいですね?」
私は、明確に「NO」と言えなかった。 沈黙は「同意」とみなされ、そのまま工事は進んでしまった。台風が来るたびに、私はその現場を思い出し、胃が痛くなる思いをした。
あの時の私には、技術的な正論で相手を論破する度胸も、地位もなかった。 でも、今の私ならこう切り返す。
「漏水や転倒事故が起きる可能性があり、技術者として推奨はしない。『あなたの責任』でやるならお任せする。」
こう言えば、相手は必ず怯む。 彼らはコストは下げたいけれど、「将来のリスク(責任)」までは背負いたくない。「設備設計の了承を得た」という言質を取り、責任を分散させたいだけなのだから。
若手の皆さん。 現場では、予算や工期を理由に、セオリーを無視した提案が飛んでくることがある。力関係で断りきれないこともあると思う。
そんな時は、せめて「議事録」に残して欲しい。「設備設計としては推奨しない。〇〇氏の指示により、リスクを了承の上で変更とする」と。
「何も言えなかった」というのは、未熟なだけでなく技術者としての責任放棄だ。 嫌な顔をされても、言うべきことを言う。それが、建物とオーナー(施主)を、そして何より未来の自分自身を守ることになるから。