【私が建物の”調律師”になるまで②】幽霊テナントと、思考停止の夜。私はただの「操り人形」だった。
【私が建物の”調律師”になるまで①】設計図の「その後」を知りたくて飛び込んだ場所は、めまいがするほどの「歪んだ空間」だった。
私が初めて仕事で「徹夜」をした日の話。 まだ私が、サブコン(施工会社)から建築設計事務所に転職したばかりの頃のこと。
当時の私、図面の描き方や積算の方法は知っていて、小さな案件ならなんとか一人で設計ができるレベル。 転職先の設計事務所に設備設計の先輩はいない。私が唯一の設備担当。
ある小規模な官庁物件の実施設計でのこと。 私は教科書通り「エアコン+全熱交換器」の組み合わせで図面を描き、積算を仕上げた。当時は今ほど全熱交換器が標準的ではなかったけど、理想的なシステム。自信を持って提出した。
しかし、意匠設計担当者から返ってきた言葉は、予想外のものだった。「予算オーバーだ。減額しろ。」
私は呆然とした。「予算? そんなもの、いつ決まったんだ?」
サブコン時代は「図面をどう納めるか」が仕事だったが、設計事務所の仕事は「予算(基本設計)の中でどう形にするか」から始まる。しかし、当時の私には「役所の予算取り」や「基本設計から実施設計への流れ」という知識が全くなかった。
教えてくれる上司も先輩もいない。 意匠設計者に「じゃあどうすれば?」と聞いても、「とにかく金額を下げて」と言われるだけ。
私はその夜、初めて徹夜をした。「全熱交換器」を全て消し、安価な「天井扇(換気扇)」に書き直す。 それに伴いダクト図も、積算内訳も、すべて一晩で作り直した。
この痛い経験は、その後の私の仕事のスタイルを決定づけた。
「平米単価(坪単価)での概算はしない」
よく「事務所ビルなら〇〇円/㎡くらい」という予算の組み方をするが、当時の私にそんな経験値や統計値はない。 小規模な案件が多かったこともあるが、経験に頼ってまた「予算オーバー」と言われるのが怖かった。
だから私は、まだ基本設計や予算取りの段階であっても「概略の機器選定」まで行い、積み上げで概算を出すようになった。「この面積なら、この馬力の室外機が何台必要で、換気はこれで…」と、大まかでも機器を選定してしまえば、金額のブレは最小限になる。
あの徹夜の日は辛かったが、おかげで私は「意匠設計に予算を決めさせないこと」と、「根拠のある概算を出すスキル」を身につけた。
図面が描けるだけでは地方の設計事務所では戦えない。「いくらかかるか?」を常に意識し、自分の設計したシステムの金額に責任を持つこと。それができて初めて、意匠設計者とも対等に渡り合えるようになる。