【私が建物の”調律師”になるまで②】幽霊テナントと、思考停止の夜。私はただの「操り人形」だった。
【私が建物の”調律師”になるまで①】設計図の「その後」を知りたくて飛び込んだ場所は、めまいがするほどの「歪んだ空間」だった。
ギターを始めてからずっと課題だった「力み」。 脇を締める癖を見つけ、姿勢を直し、一つずつクリアしてきたつもりだった。でも、何かがまだ邪魔をしている。特に、私の愛機であるセミアコが思ったように「鳴って」くれない。
どこだ?まだ力が抜けていない場所はどこだ?……
灯台下暗し。その犯人(ラスボス)は、なんと私の口の中、「舌」に潜んでいた。
事の発端は、「演奏中に舌を筋力で持ち上げているのではないか?」という疑惑だ。
実は私、介護が始まった後だからここ5〜10年ほどの間で、口呼吸を矯正した経緯がある。「口を閉じて鼻呼吸をしなきゃ」という意識が強すぎて、本来なら「真空圧」で自然に吸い付くべき舌を、常に「筋力」で持ち上げる癖がついていたのだ。さらに、舌の側面に残る歯形は、それ以前から長年舌が力んでいたことを物語っている。
ここで解剖学的な配線図を見て驚愕した。 「肩甲舌骨筋(けんこうぜっこつきん)」。 名前の通り、舌の根元(舌骨)と肩甲骨を直接つないでいる筋肉がある。
舌が力む(上に持ち上げる)
↓
紐が引っ張られる
↓
右肩甲骨が浮き上がり、グラグラする
これだ。私がどれだけ姿勢を正しても、右手のピッキングが安定しなかった原因は、口の中で舌が暴れていたからだったのだ。
理論は分かった。あとは実証実験だ。昨日のギターレッスン。先生の前という、最も緊張する環境でテストを行った。
やることはシンプルだが、脳のリソースを食う。「舌を脱力して、下に落とす」。 口の中はポカーンとあくびをするような状態。喉の奥で粘膜が触れ合う違和感があるが、そのまま弾き始めた。
正直に告白する。演奏自体はボロボロだった。「舌を落とすぞ……右肩を下げるぞ……」という内部操作に意識を持っていかれ、指先への指令がお留守になったからだ。ミスタッチもしたし、リズムもヨレた。
ところがレッスンの後、先生はおっしゃった。
「音が『点』から『線』に変わってきたね」
耳を疑った。「え?こんなに指がもつれていたのに?」 先生が評価したのは、指の動きではなく「出てくる音の響き」だった。 私が力でねじ伏せるのではなく、身体の栓を抜いたことで、楽器が勝手に歌い出したのだ。
話はここで終わらない。実験から一夜明け、私の体に奇妙な変化が起きていた。右足の付け根(股関節)に、強烈な違和感があるのだ。
以前、柔道整復師に「右足が短い」と言われたことがある。でも今、その右足が地面に「ドスン」と深く刺さっている感覚がある。
そこで点と点が繋がった。私の右足は短かかったんじゃない。舌の力みで肩が上がり、背中が上がり、結果として「右の骨盤ごと吊り上げられていた」だけだったのだ。舌というフックを外した瞬間、吊り橋構造が解除され、骨盤が本来の位置に落ちてきた。その軋みが、今の心地よい違和感だ。
今回の人体実験でたどり着いた真理はこれだ。
「人間は、上(舌)と下(丹田)を同時に支点にはできない」
舌が力んでいる時、体は「上」から吊るされている。だからいくら丹田を意識しても、重心は定まらない。逆に、舌を脱力して上のフックを外せば、体は支えを失い、重力に従って「丹田(腹)」で支えざるを得なくなる。
「良い音を出したければ、指を鍛える前に、舌を負圧で扱え」。そして、「腹を据えたければ、舌を負圧で扱え」。
設備屋として、稼働している建物の不具合は見抜けるつもりだったが、自分の体の壮大な「運用ミス」には今の今まで気づけなかった。ボロボロの演奏と、違和感だらけの股関節。でも、今の私にはこれが「正解の感触」だと確信できている。