【私が建物の”調律師”になるまで②】幽霊テナントと、思考停止の夜。私はただの「操り人形」だった。
【私が建物の”調律師”になるまで①】設計図の「その後」を知りたくて飛び込んだ場所は、めまいがするほどの「歪んだ空間」だった。
「Reikoって、なんでそんな細かい昔のことまで覚えてるの? 執着すごくない?」
「ちょっと、怖いわ」
人生で幾度となく、こんな言葉を投げかけられてきた。そのたびに私は「ああ、またやってしまった」と反省しつつ、同時に猛烈な違和感を感じていた。
「執着?」 いや、違う。これは私の性格の問題ではなく、私の脳に搭載されている「OSの仕様(ハードウェアの問題)」だ。
多くの人の記憶システムは、防犯カメラでいう「モーション検知録画」になっているという。つまり、「嬉しい」「悲しい」「腹が立つ」といった『感情の動き』があった瞬間だけスイッチが入り、録画が開始される省エネ仕様。
だから、感情が動かなかった何気ない日常のシーンは、データ容量節約のために自動的にカット(忘却)されるらしい。
対して、私の脳内HDDは「24時間常時録画」仕様。スイッチを切る機能がついていない。会議中の誰かの些細な発言、部屋の壁のシミ、その時の空気感に至るまで、感情の有無に関わらず、ほぼすべてを4K画質の高解像度でログとして保存してしまう。
私が「あの時、確かあの人はこう言いました」と過去の発言を正確に再生できるのは、相手に執着しているからではない。単に「アーカイブサーバーから、該当時間のログデータを引っ張り出してきただけ」だ。そこに他意はない。ただ、データがあるから出した。それだけのこと。
「Reikoは、なんで人混みや無駄なおしゃべりですぐに疲れるの?」それも、この仕様のせい。
普通の脳には、「デマンド制御(ピークカット機能)」がついているそうだ。興味のない話や不要な情報は、無意識のうちに遮断し、脳の契約電力(エネルギー)を超えないようにうまくコントロールしているらしい。
しかし、私の脳にはこのデマンドコントローラーが実装されていない。入ってくる信号(視覚・聴覚情報)をすべて処理しようとするため、CPUは常に定格出力ギリギリで唸りを上げている。
インバータ制御のついていない旧式のポンプのように、常に全開運転。そのため、情報量の多い場所に長時間いると、すぐに「過負荷(オーバーロード)」を起こしてブレーカーが落ちそうになる。
私が黙り込んだり、ぐったりしている時は、機嫌が悪いのではない。単なる「熱暴走寸前の冷却タイム」なので、そっとしておいてほしい。
こうして蓄積された膨大なデータは、私の中でどう処理されるのか。多くの人の記憶は、一つの出来事が単独で保存される「単票形式」らしいが、私の脳内は関連が紐づけされた「リレーショナルデータベース(RDB)」になっている。
例えば、「赤い車椅子」というキーワード(主キー)が入力されると、私の脳内システムは勝手に検索を開始する。それに紐づく「5年前の母の言葉」「その時の部屋の匂い」「父の表情」「窓の外の天気」といった関連テーブルのデータを、一瞬で結合(Join)して呼び出してしまう。
だから、会話の中で私が「あ、そういえばあの時……」と、唐突にピンポイントな過去の話をしてしまうのは、過去に執着しているからではない。検索キーを叩いたら、「システム連動(インターロック)」ですべての情報が芋づる式にモニターに表示されてしまう。火災信号が入ると、自動的に空調が止まり防火扉が閉まるのと同じで、止めることができない「自動処理」なのだ。
日常生活において、この「省エネ不可・常時録画」スペックは、正直言って燃費が悪く、周りからも「重い」と敬遠されがちだ。私自身、この過敏なセンサーにうんざりすることもある。
しかし仕事において、これほど頼もしいスペックはない。トラブルを防ぎ、過去の経緯(伏線)を回収し、論理的な最適解を導き出す。
というわけで。もし私の記憶力が「怖い」と感じたら、そっと距離を置いてほしい(それがお互いのため)。
逆に、「おっ、その高精度のデータロガー、うちの案件で使ってみたいね」と思った奇特な方がいらっしゃったら、ぜひお声がけを。この旧式かつ高性能なマシン、メンテナンスは大変だが、とびきりいい仕事をすることをお約束する。