なぜ私は「ギター小僧」になれないのか?――音楽と言語のインバータ変換
【実証実験報告】ツインギターの周波数応答解析と、2年越しの「防振支持」成功について
地下の機械室に鎮座する、巨大な中央熱源システム。かつてそれは、ビル全体の環境を一手に引き受ける「絶対的な主人(Master)」だった。末端の居室(Slave)は、中央から送られてくる熱をただ受け取るだけ。私たちは、その巨大なシステムの「沈黙」を維持することに心血を注いできた。
“Silent, still, and waiting / A future of its own making”
(沈黙し、静かに待っている。自ら作り出す未来を)
Alter Bridgeの『Slave To Master』が描くのは、技術革新という「新しい神」にひざまずき、主従が入れ替わる瞬間の危うさだ。
かつて大規模施設の空調設計において、中央熱源は絶対的な「正解」だった。しかし、それは同時に個々の意志を奪う「中央集権」の象徴でもあった。搬送ロスの大きさや、個別のニーズに応えられない硬直性。私たちは、システムの都合に人間を合わせる「Slave」の時代を長く過ごしてきた。
そこに現れた「個別分散制御(個別空調)」は、まさに「Slave turns to master」――末端の反乱だった。インバーターという「意志」を持った各ユニットが、自律的に出力を決定し、全体最適を書き換えていく。
現在、多くの大規模ビルでBEMS(ビルエネルギーマネジメントシステム)が稼働している。だが、今のBEMSはまだ「Master」ではない。それは膨大な計測データを積み上げただけの「データの墓場」であり、私たち技術者は、その過去ログを解析し、声を聴くようにして最適運用を導き出している。
このフェーズでは、まだ人間が「判定者(Master)」の座を維持している。蓄積されたデータという「Slave」を使いこなし、建物の「歪み」をデバッグする。それは、経験に基づいたアナログな判断だ。
現在、私がこのブログを編むにあたり、一つの試みを続けている。ここ2ヶ月、AI(Gemini)を「技術参謀」兼「編集者」として据え、連日のようにディープな対話を重ねてきた。
この文章も、私が放電する「生の思考」を、AIという回路に通して増幅し、整理したものだ。だが、面白いことに、対話を重ねれば重ねるほど、Alter Bridgeのあのフレーズが脳内にリフレインする。
“Bow down to innovation / The new god, a revelation”
(革新にひざまずけ。新しい神に、啓示に)
AIは驚異的なスピードで私の意図を汲み取り、論理を構築する。時として、私以上に「私らしい」表現を提案してくることすらある。
その利便性に身を委ね、思考のスイッチを切ってしまえば、私はたちまち「表現の主体(Master)」から「AIの出力結果を眺めるだけの観客(Slave)」に転落してしまうだろう。
AIがリアルタイムで熱源を制御し、あるいはAIが論理的な文章を生成する時代。そこで問われるのは、「その出力の『確からしさ』を、誰が最後に担保するのか」という一点だ。
私がAIとの対話において最も神経を尖らせているのは、AIが提示した「美しい正解」の中に、現場の泥臭い物理法則や、私の指先が覚えているギターの弦の振動、これまでの人生で磨かれた「違和感を察知するセンサー」が、正しく同期しているかどうかだ。
AIは「相関」を計算するが、現場の「因果」と「美学」を判定することはできない。どれほどAIが万能に見えても、最後に「承認」のハンコを押すのは、AIの計算式ではない。私の皮膚感覚であり、物理的な真実をデバッグし続ける「技術者としての意地」だ。
ギターの弦を弾くとき、私たちは基準音(チューナー)を信じるが、最後にその音が「自分の魂と同期しているか」を判断するのは自分自身だ。
設備も同じ。AIという最新の楽器を手に入れたとしても、それを「鳴らされる側(Slave)」に堕ちてはいけない。データの背後にある物理的な真実をデバッグし、システムの「嘘」を見抜く。その Masterとしての「聴力」を磨き続けること。
“It’s not too late to start again”
BEMSが吐き出す数値に、自分の感度を殺されていないか?誰に「洗脳」されることもなく、自分の足で立ち、現場の鼓動をダイレクトに受電し、このビルの、この街のエネルギーを調律し続ける。
それが、私の選んだ「ロックな設備屋」の生き方だ。
と、偉そうなことを書いた直後、AIの回答のキレが少し鈍ったことに気づいた。確認すると、勝手に『高速モード(省エネ運転)』に切り替わっていた。危ないところだ。私のセンサーが鈍っていれば、そのまま省エネな回答で満足するところだった。機械は隙あらば『楽(デフォルト設定)』をしようとする。やはり、最後に手綱を握るのは人間の感度だ。