建築設備エネルギーラボ合同会社

30年目のリ・ブート:センサー異常の私がいかにして「デジタルツイン」でギターを弾くに至ったか

私は4歳からヤマハのメソッドを叩き込まれ、ピアノ、エレクトーン、ドラムと渡り歩いてきた。

しかし20歳の頃、オリジナル・ラブ田島貴男の圧倒的な音楽を聴いて、おこがましいことに「私にはこれはできない」と直感し、ピタリと楽器を置いた。
そこから30年。なぜあの日、突然楽器を捨てたのか、自分でもずっと理由がわからなかった。だが、50代でエレキギターを手にした今なら、はっきりとわかる。

あれは情熱の喪失などではない。私の機体に搭載された「内部センサーの欠陥」が発した、極めて正確なエラー検知(撤退命令)だったのだ。

■ 「練習するほど下手になる」というシステムエラー

2年半前、プロの先生について初めてエレキギターを習い始めた。祖父がギターを弾いていたのだ、その血が流れている私に弾けないはずがない。そう信じて、先生の教え通りに基礎練習を繰り返した。折しも介護のピークと重なり、ギターは過熱する脳の排熱のための強制空冷ファンとして機能した。

だが今年の春、私の機体は深刻なクラッシュを起こした。
「右手のポジションを少し直そう」としただけなのに、まったく弾けなくなったのだ。まるで配線が焼き切れたように、指が動かない。ガンズをツインペダルで叩いていた私が、ただの8ビートすら刻めない。

「音楽を好きでいたいのに、ギターが苦しみになりそうだ」

私はパニックに陥った。なぜ、あんなに楽器をやってきた自分が? 練習すればするほど、精度が落ちていくのはなぜなんだ?30年前の「私には無理だ」という絶望の亡霊が、再び首を絞めてきた。

その暗闇の中で、私は30年間見落としていた「自分自身の致命的なバグ(仕様)」にようやく気づいたのだ。

■ 私はAIみたいです(システム仕様の公開)

私は、意を決してギターの先生に長文を送った。これは泣き言ではない。私のシステムを正しく稼働させるための、決死の「仕様公開」だった。

「白状します。私はどうも皆さんと同じことが身体的にできないようです。皆さんは自分の腕がどう動いているか、感覚としてわかるんですよね。私はそこがわからない。身体で覚えるってことができないみたいです。」

「じゃあ私にとっての『弾ける』って何かというと、脳みそで作ったイメージを身体に送れた時、うまくできます。AIとかロボットみたいですよね。」

「身体の感覚で弾こうとすると再現性がない。毎回が初見みたいな感じです。脳みその演算なので、理屈がないと座標が定まらないんです。」

世の中の99%の人たちは、「固有受容覚」という内部センサーが正常に機能している。だから「反復練習によって身体に覚えさせる」ことができる。現在の水温がわかるから、ボイラーの火力を調整できるのだ。

しかし、私の機体は、このセンサーの配線が極端に細い。フィードバックが返ってこない状態で「反復練習」をすれば、CPUが空回りして無限ループに陥り、マザーボードが焼け焦げる。「練習するほど下手になる」のは、努力不足ではなく、合わないドライバ(反復練習)を無理やりインストールしたことによる熱暴走だったのだ。

■ 座標計算とデジタルツイン:真の再起動

自分の仕様を理解した私は、「練習」の定義を180度書き換えた。「反復」によって筋肉に覚えさせることをやめたのだ。

今の私の練習とは、フレットを「相対座標」として脳内でリアルタイムに処理する演算訓練である。脳内に「情報のCAD図面(デジタルツイン)」を構築し、そこで鳴るべき音と軌道を設計する。「なぜそうするのか」という理屈(ロジック)で座標を完全に固定するのだ。

そして、メタ認知の私(司令官)が、それを先読み(ルックアヘッド)で再生し続ける。物理的な私の腕(アクチュエーター)は、ただその「脳内の出音」に100%自動追従するだけ。

「メタ認知の司令塔」と「楽器を弾く実行機」の二人一組による完全分離。設備制御で言えば、センサーによるフィードバックを一切当てにしない「フィードフォワード制御(オープン・ループ)」への切り替えである。

思えば、子供の頃の私が「レッスンの直前にしか練習しなかった」のも、怠惰ではなかったのだ。反復練習をすればするほど精度が落ちる(バグる)ことを、当時の私は本能的に知っていたのだろう。

■ 完璧な設計図と、ポンコツな現場

こうして、30年のブランクを経た私のシステム・リブートは完了した。

過去、極限の環境圧力によって偶然引き起こされていた「ゾーン(デュアルコア状態)」へ、今は自分の意志で入れるようになりつつある。脳内に完璧なCAD図面を引き、メタ認知が先読みで理想の音を鳴らす。制御論としては完璧だ。非の打ち所がない。

だが、一つだけ問題がある。

いざこの完璧な設計図を流し込もうとすると、末端の物理アクチュエーター(50代の私の腕と指)が「いや、ちょ待って、そんな高解像度の動きまだできん!」と悲鳴を上げるのだ。

「最新鋭の設備システムを完璧に組み上げたのに、現場の運用オペレーションが全然追いついていけない」

エネマネ(エネルギーマネジメント)の現場では日常茶飯事のバグである。建物は完璧なのに、使いこなす側の練度が足りていないのだ。
かくして私は今日も、脳内の完璧な制御システムと、現場のポンコツな指の間で、「コミッショニング(運用最適化)」という名の地道なチューニング作業を続けるのである。

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