デフォルト設定の罠と、「母の解放」という名のファイアウォール
『Slave To Master』〜AI時代の熱源管理、誰がその「確からしさ」を調律するのか〜
「前に倒れようとして、足が出る。それが『歩く』ということだ。」
通信制の美大でデザインを学んでいた頃、ピクトグラムのグループ討議で、ある学生がそう言い放った。私は即座に「え、そうかな?」と疑問をぶつけた。当時の私にとって、その理論は絶対に間違っていたからだ。最後は「了承してもらえますか?」と強い口調で押し切られ、理屈を飲まされる形になったが、腹の中ではずっと納得がいかなかった。
なぜなら、当時の私の身体で「前に倒れる」というコマンドを実行すれば、足が出る前に顔面から地面に墜落(大破)するのが目に見えていたからだ。
彼女はおそらく、感覚だけで真理を突く天才肌だったのだろう。しかし、私にはその「感覚」を実行するための論理的な設計図も、そして何より「それを可能にするハードウェア(機体)」も備わっていなかった。
生まれてから50年以上経って、ようやく当時の自分の「構造的なバグ」が解明できた。私の身体(初期OS)には、「体幹」という概念がそもそもインストールされていなかったのだ。
体幹がないということは、建物の中心に強固な柱がないスライム状の状態を意味する。そんなフニャフニャの機体を無理やり立たせて生きていくため、私のシステムは過酷な「フルアーマー(重装甲)化」を選択した。
背中や腰の筋肉(外装ワイヤー)をガチガチに緊張させて背骨を後ろに引っ張り、「反り腰」という無理な姿勢を作ることで、どうにか上半身の崩壊を防いでいたのだ。さらに、ふくらはぎの筋肉をアンカーのように地面に打ち込み、力ずくで機体を前に押し出して(蹴って)歩いていた。
そんな全身力みっぱなしの重装甲4WD状態で「ただ重力に任せて前に倒れろ」と言われても、振り子のように足がフワッと出るわけがない。私にとって歩くとは、重力への降伏ではなく、重力との「格闘」だったのだ。
そして現在。設備屋の知識と、AI(Gemini)との脳みそが焼き切れるような対話を経て、私はついに「体幹」の真の構造を理解した。
世間が言う「プランクでインナーマッスルを鍛えろ」はノイズだ。システムが介入すべきは、肋骨と骨盤の間にある骨のない空白地帯(腹腔)ただ一つ。ここに腹圧をかけ、見えない「密閉式膨張タンク(風船)」を作り出すこと。
舌を上顎に吸着させてセンター軸(大黒柱)を通し、左右の鎖骨を梁(ハリ)のようにスッと横に広げる。 そして、その下に広がるお腹の風船を張る。するとどうだろう。風船の空気圧がクッションとなり、上半身の重さをフワッと支えてくれる。結果として、背骨を無理やり引っ張っていた「反り腰」のワイヤー(力み)は不要になり、スッと自然な姿勢になった。
仮設足場(力み)が外れ、足はただ骨盤からぶら下がった「紐(振り子)」になった。ここで初めて、美大生の「倒れれば勝手に足が出る」という理屈が、物理的真実として私のシステムにインストールされたのだ。50年越しの、目からウロコである。
この「縦の風船と、横の鎖骨」によって完成したコアの剛性は、私が愛するエレキギターの演奏にも劇的な革命を起こした。
これまで座ってギターを弾く時、右腕を「L字型のモーター」のように固め、脇を締めて力ずくで弦を弾いていた。しかし、お腹の風船(タンク)を潰さないようにギターをマウントし、横に広げた鎖骨から腕をダラリと吊るした瞬間、右肘は建築現場で垂直を出すための「下げ振り(重り)」へと役割を変えた。
肩から肘までは、地球の重力に向かってダラリと垂れ下がる重り(アース)。肘から先は、ただ弦に触れるためのセンサー(棒)。力ではなく、「腕の質量」そのものを重力に従って弦に落とす。
その姿はまさに、深海の水圧に耐える巨大なタンク(胴体)を持ち、ダラリと腕を下げた水陸両用モビルスーツ「アッガイ」そのものだ。
この「アッガイ仕様」の最新ボディで早速ギターレッスンに臨んだ。先生の前で新しいOSを試すのだから、運指もリズムもボロボロになるのは想定内だ。しかし、結果はどうだったか。
先生は一言、「よくなった!」と目を見張った。弾けなかったフレーズはある。だが、出音(トーン)の説得力がまるで違っていたのだ。アンプのボリュームは一切いじっていない。関節の力み(ブレーキ)が消え、重力を味方につけたことで、ピックが弦を通り抜ける「速度」と「質量」が跳ね上がったのだ。
50年間、私を縛り付けていた「力み」という分厚い鱗(Scales)が、ついに音を立てて剥がれ落ちた。歩くことは、倒れること。弾くことは、落とすこと。
美大で敗北した「重力への降伏」を、私は50年かけて、設備と物理の設計図として完璧にリバースエンジニアリングした。
さあ、この新しい機体で、次はどんな音を鳴らしてやろうか。アルター・ブリッジの Scales Are Falling を聴きながら、軽やかにギターを操る『ロックなばばぁ』になっている自分を妄想する。